空木岳登山道の<三本木地蔵>


朝6時前、何時ものように山の霊気を浴びに空木岳登山道を登り始めた。
登り始めの林道にはもう落ち葉が散り始め、道路脇の落ち葉の中にいる虫を食べたのだろう、猪が掘り起こした痕がいたるところに見える。

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その近くに昆虫だけの糞があった。
早速宮崎学氏にTELで聞いてみると、虫ばかりの糞なら、たぶん狐の糞ではないかと言う返事だった。
狐らしい糞にはいろいろな昆虫がむらがり、争いながら、むさぼるように食べている。
自然界には一切の無駄がない。
すべての物が、すべてのものに、糧となりそして浄化して行くのだ。

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沢の流れは清々しく、滴り落ちる水が放射状に散る様は清烈だ。
登山道に入って暫すると、「三本木地蔵」に着いた。

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二本のヒノキの根元に小さな地蔵尊がぽつねんと一体、登山者の往来を見守っている。
嘗ては三本あったヒノキは、その後一本が伐られて二本になった。
40年ほど前の此処は、見晴らしの好い展望台だったが今は鬱蒼としている。
むしろ、この方が良いのかもしれない。展望が良くても、見えるのは所詮俗界だけなのだから………。

………ところでこの地蔵尊が、何処から、誰が此処に安置したか?。ひょんなことから知る事ができた。
今から60年ほど前、池山の伐採作業をしていた作業員が、自分たちの休憩場所に地蔵尊を順に運び上げて行ったもので、池山までの7箇所に一体ずつ安置したとの事だ。(運び上げた本人から聞いた話)
当時の山道は、今の古城公園手前から沢ずたいにあり、現在は廃道となって、彼らが安置したという地蔵尊は埋もれてしまったものか発見できないでいる。
ところでこの地蔵尊は、山麓の古刹「光前寺」の賽の河原に安置されていた『水子地蔵』を、山男たちが仕事で山に入るたびに、一体ずつ失敬しては運び上げたものだったのだ。

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そもそも『地蔵尊』とは?………。民俗学の古老に聞いてみた。
簡単に言うと、『仏』とは現世の人たちを守るもの。『地蔵』とは、あの世へ逝った者たちを守るもの。と言う明快な答えを聴くことができた。つまり、三途の川を挟んで向こう側の世界を守っているのが『地蔵尊』らしい。
妙に納得できる答えであり、これでひとつ、空っぽに近い脳みそに知恵がついたような気がする。
そう思ってこの三本木地蔵を改めて見直してみたら、空木岳で遭難死した三人の慰霊碑が建っている。
山に逝った人たちは、地蔵様に守られて安らかに眠っているに違いないが、何故か此処が墓場に変わってしまったような気がするのは私だけなのだろうか?。
ご愛嬌と遊び心で運び上げられた『水子地蔵』が、登山者の往来を見守り、そして山に逝った人たちを守っている。
これだけで良い。これ以上のことは考えない事にしよう。
只、はっきりしている事は、『三本木地蔵』は光前寺に祀られていた『水子地蔵』だったと言う事実である………。

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