あぶちゃん日記

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<<   作成日時 : 2014/08/12 16:58   >>

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あの頃はお金持ちだった。
おいらがまだ20代前半の頃だから昭和30年後半の事だ。
巷ではイチマンサンゼンハッピャクエンって唄が流行っていた。
ニコヨンと言われた日雇い労務者の日当が254円で、土方仕事の日当が700円。
大学卒業生の初任給が13,800円の時の唄だ。高卒が7千円だったかな?
 この頃、おいらは山登りを始めたばかりで、歩荷訓練を兼ねて中央アルプスの山荘に勤務していた。
山岳会のリーダーがオーナーという事もあって、その時のおいらの初任給は5万円だった。そして2年目になると、三つの小屋の責任者兼出納係りって肩書きを貰ったものだから給料はそれまでの2倍になった。
 他の従業員たちも、アルバイトを含めて皆4〜5万円という高額の給料を貰って、更に三食晩酌付きだからこんな旨い仕事は他には滅多になかった。
まぁ、あの頃は猫も杓子も山登りに熱中していた黄金時代だったから、山小屋は大繁盛だった。
 今の山荘支配人から聞いた話では、あの当時の売り上げの方が今より多かったらしい。ロープウェイも無かった時代だから、1週間に一度リュックサックに銭を詰め込んで里に下りたのだけど…銭のほとんどが100円札だったからリュックサックはいつも満杯だった。
 そんな頃、隣街にこの地方で第1号のキャバレーがオープンした。
地方の小金持ち達は、1万円くらいではでかい顔はできないよと、キャバレーに行って来た自慢話を聞かせてくれたものだった。
1万円と言えば1ヶ月分の給料に相当する大変な金額だ。
君たちとは階級が違うのだよ!て下衆な自慢をする輩が鼻持ちならなくて…
クソおやじ達の鼻柱を叩いてやろうって事になって、小屋仲間の4人が2万円会費でそのキャバレーなるものに繰り出す事になった。
 コスチュームは、筋目の通った山小屋の銘入りの半被を着込み、散髪を済ませてキャバレーのドアを開けた。
分不相応な若造が入って来たものだからキャバレー側もびっくりしたようだ。
「あの〜、当店でのご飲食はお高いのですがご予算は?」
「取り敢えず3万円で…多分追加すると思いますが」と言って前金でフロントに支払ったものだから、店側の態度は途端ににこやかになり、さぁどうぞこちらへ、という事になった。
 なにしろ開店と同時だったから、貸切り状態の店で大いに楽しんだ。
ホステスさん達は20名ほどで、全員が都会からスカウトして来たと言うだけあって容姿端麗な美女ばかりだった。
そんな美女たち全員がおいらたちを取り囲んでくれたものだから、今まで焼鳥屋さんか、居酒屋さんの肝っ玉かぁさんのような女性ばかり見てきたおいらたちは、竜宮城に招待された浦島太郎のような気分だった。
 一時間も接待すれば店側は多分、おいら達を追い出すのじゃないかな?と計算していたから、頃合いを計って支配人を呼び、追加料金を二万円渡したら支配人の顔が恵比須顔になった。
 なにしろおいら達の目的は、自慢たらたらのクソおやじ達の鼻柱をくじくためにやって来ているのだから、おいそれとは引き下がらない覚悟で来ていた。
結局このキャバレーで支払った飲食代は5万円だったが、まだ残金が3万円ある。さぁ、次に行ってみよう!
 次に入った店は、50〜60人ほどを接待するクラブ的な店だったが、散々大騒ぎして8千円…残金はまだまだ。腹ごしらえをしながら…という事で次なる店へ。店の主に、金額の事は言わないからお任せ料理を…支払った代金は二千四百円。まだ2万円近く残っている。
今日の予算は8万円使い切る事だったが、こうなると金を使う事が苦痛になって来た。
 有り金全部を使い果たしたおいら達は、翌日の山に帰るバス代も無く、無賃乗車で山小屋に帰った。
今の時代の金額に換算したらどれくらい使ったのだろうか?
今、2万円会費で飲もうと誘われたら…冗談じゃねぇ〜って怒ると思うよ。

 嘘をつかなくてもよくなった日が来た。
簡単に終わる筈の手術の結果は惨憺たるものだった。もうすでに手遅れの状態で、手のほどこしようがないと言う。
余命は1週間から、よくもって数か月と言われた時は頭の中が真っ白になってしまった。
 女房の身体は卵巣癌に侵されていた。しかも末期癌だと言う。
医師の助言で本人には告知せず、おいら一人だけの胸の内にしまっておくようにとの事で、それからというものは、ほとんどが嘘の塊の毎日が続いた。
なにしろ育ち盛りの子供が3人…それぞれが入試を控えているから神経を使う。
 当の本人は、開腹後何も治療せずに縫合したから痛みは無い。だからすぐに退院できると思っているのだが…
 1年間、よくもと言えるくらい大嘘をついてきた。そして12月末に臨終を迎えた時、おいらは自分にも嘘をついた。
子供たちの前で大声を上げ、涙を流して取り乱しているところを見せたくなかったから、毅然とした態度を装っていたが実のところ、女房の身体に抱き付いて思い切り泣き崩れたかったのだ。
 でも…この時不思議な事に、悲しみの他に、苦しむ病人の顔を見なくていいと言う安堵感と、これからは嘘をつかなくても良いと言う解放感がおいらの胸の内で交錯していた。
 逝去前日…昏睡状態の女房とおいらしか居ない病室には、酸素吸入器の稼働する音だけがむなしく響いていた。
痩せさらばえて洗濯板のようになった胸に、3人の子供を育てた乳首が萎びて付いている。愛惜しむように乳首に触れ…愛撫すると、今までの事が走馬灯のように頭の中を駆け巡った。
その思いが通じたのだろうか…乳首が大きくなって硬く膨らんだ。
 言葉では通じなかったが、身体を通じて最後の話が出来たような気がした。

 おまえは誰だ?俺はおまえだ!
車のライトに照らし出されたおいらの影が白い壁に浮かび上がった。
おまえは誰だ!…
俺は、おまえだ!…根性なしの姿を見せている今のおまえだ!
おまえ…自分の姿をよく見るがいい…一生懸命生きているか?…今やらなきゃならない事をやっているか?…何も努力しないくせに楽をしたいって思っていないか?…自分だけ貧乏くじを引いたって思っていないか?…自分に都合の好い理由を付けて逃げてばかりいないか?
 俺の姿は、今のおまえの姿だ…よく見るがいい。

夕方になるとブヨの奴らがおいらの家の中に断りも無く入って来やがって、おいらのなけ無しの血を吸って行くのだ。
血を吸って行くのはいいのだけれど、その痕が痒くてかゆくて…痒み止めの薬なんかあまり効かないから、荒塩をゴシゴシ擦り込んで我慢しているけれど、本当に癪にさわるブヨどもには何時も閉口しているのだ。
 蚊取り線香なんてナマッチョロイ物じゃ間に合わないから、枯草を燃やして家の中を燻してやろう。
窓を開けっ放しにして風上から煙をこれでもか〜ってくらい入れてやったら、蚊やブヨ達は一斉に逃げ出していった。ざまぁみろ!来られるものなら来てみろ。また燻してやるからな!
 家の中から煙が消えても、匂いが残っているから窓を開けっ放しにしておいても野郎どもは入って来なくなった。さぁゆっくりと晩勺をしよう。

 蜘蛛が空を飛んで行く。11月に入ると蜘蛛が空を飛んで行くのが見えるよ。まず間違いなく見られるよ。
 どうやって作るか知らないけど、とにかく丸い糸の輪と一緒に3千メートル近い上空を優雅に飛んで行く光景は好い眺めだよ。何匹も何匹も飛んで行くよ。
中央アルプス稜線の鞍部近くに腰を下ろして休んでいると、伊那の谷から木曽の谷に向かって飛んで行くのだ。
何処へ遊びに行くのだろうね。遊びに行って又帰って来るのかな?
 この蜘蛛の行動の事をバルーニングって言うらしい。
識者の説によると、小さな蜘蛛のとる行動だって言うけれど、おいらの見てきた蜘蛛はかなり大きな蜘蛛なのだけどね。

 入道雲のマラソン大会が始まった。
号砲とともに選手たちは一団となって競技場を後に走り始めました。
ゴールの成層圏に向かって、今過酷なレースが始まったのであります。
この炎天下、果たして何人の選手があの成層圏のゴールに到着出来るのでありましょうか。
序盤から激しいトップ争いであります。
あぁっと、ここで一人の選手がスパートをかけて集団から抜け出しました。
グングングングン物凄いハイペースです。
この長丁場のレースにはあまりにも飛ばし過ぎです。
このスパートによって集団がバラケ始めました。
スタートしてからすでに4時間…レースのトップは激しく入れ替わります。
今までにこんな激しいレースがあったでありましょうか。
落伍者が続出です。レースはいよいよ終盤に入りました。
今まで集団の後方に控えていた選手が、ここで一気にスパート。
物凄いスパートに後続の選手は誰も付いていけません。
独走態勢に入った選手に夕陽も応援しています。
月も頑張れコールを送っています。
ゴールの成層圏に向かってひた走る選手に惜しみない拍手が飛び交います。
ゴール!…時刻は午後6時47分。
7時間に及ぶレースは終わりました。
レースの覇者は、主催者から<かなとこ雲>の称号が与えられて、成層圏の壁の周りをウィニングランです。

 昨日の話なのだけれど…クソ熱い時期にしか出てこないアブが、この暑さに負けたのか熱中症に罹って死んでしまった。
アブは何時も水分を補給していないとすぐに死んでしまうらしい。
昨日までおいらの足に噛みついて遊んでいたのに…突然死だったからどうしてやる事も出来なかった。
 葬式くらい出してやれないものかと思案したけど、アブとはそれほどの義理も無いし、おいらも忙しかったので散々考えた結果、クロヤマアリに相談したら、クロヤマアリ一族は…アブさんには昔から大変お世話になっているから、私どもで何とか致しましょうと快く引き受けてくれた。
 クロヤマアリたちは、真っ黒いいでたちでやって来たが、葬式には慣れっこらしく、触覚と前足を擦り合わせながらうやうやしく拝礼を済ませると,まずアブの遺体の解体から始まった。
 それぞれが、それぞれの役割を実に手際よくこなしていく。
解体には手間と時間がかかるので、大勢の作業となった。
鋭く頑丈な嘴で羽を切り離し次に頭と胴体を切り離すと、搬送係が葬儀場へと運んで行った。
 ほんの10分ほどの時間だったが、その道のプロの統制のとれた手際の良さに、おいらは感心するばかりだった。
 今日はお盆の最終日で、仏さまたちがあの世へ帰る日だ。
アブも仏さまの仲間に入って、一緒にあの世へと旅立って行った。
なむあみだぶ、なむあみだぶ、南無阿弥陀仏、なむあみだぶ、チ〜ン。

 雨が降っている。名前も知らない小さな虫が葉陰で雨宿りをしていた。
葉っぱの縁からポタッ…ポタッ…ポタッ…雨の雫が小さな虫の背中をかすめながら落ちて、下の葉っぱにぶつかり、砕けて散って行く。
 小さな虫はまんじりともせず、葉っぱの雫を見て楽しんでいるようだ。
葉っぱの縁と花に溜まる水滴はレンズになっていた。
小さな虫の眺めているレンズの中には、ピンクのお花畑がいっぱい詰まっていた。それはツルボと言う花のパノラマだった。
ポタッ!…お花畑のいっぱい詰まったレンズが落ちた。
でも…また新しいレンズが産まれてくる。
ニュワ〜…ニュワ〜…ニュワ〜…
小さなレンズには小さな景色が詰まっている。
もうちょっと大きくなったレンズは、もっとたくさん景色を詰め込んだ。
もっと大きくなったレンズには、もっとたくさんの景色が詰まっている。
 ポタッ!…大きなレンズは、大きな景色を詰め込んだまま落ちた。
落ちて砕けたレンズは、小さなレンズになって、その中に小さな景色が詰まっていた。

 どうしても鰍を食べたくなって、日の暮れるのを待って魚捕りに出掛けた。
この間の長雨で川の水嵩はかなり多く、しかも濁っているからコリャ駄目だ。
でも…とにかく初物を食べたかった。
 なんだ、この水の流れは!…身体ごと押し流されそうだぞ。
しかも濁っているから底が見えない。大漁は望めないが、とにかく一匹でも良いから捕りたい。
 ヤヤッ!…こんな流れの強い中に、鰍が平然としている。何で?…どうして?
よくよく見れば…見るほど…こいつは優れものだ。
ずんぐりむっくりの体型は一見、流れの抵抗が物凄いと思ったけど、飛行機の翼の断面と同じ体型だから、水の抵抗を推進力に変えているらしい。
 流れがきつければきついほど推進力も大きくなってくるから、急流の中でも平然としていられるし、前に進む事も楽に出来るのだね。
しかも、ヨットと同じように斜めに行動して推進力を最大限に活用しているところを見ると、鰍って魚は頭がいいのだね。
 アマゾンだったか、何処だったか忘れちゃったけど、巨大な滝をナマズだけが溯っている記録を見た事があるけど、これで納得がいったよ。
 ところで収穫した鰍の塩焼きは旨かった。

 西穂高の帰り…うんざりするほど待たされたロープウェイから解放された後は、奥飛騨の情緒を味わいたくて高山へと向かった。
昔、大ヒットした「哀愁の高山」と言う演歌があったが、産まれて初めてカラオケで唄ったのがこの歌だったから何故か懐かしさもあった。
 夕暮れ時…二間間口の居酒屋が軒を連ねる路地には、赤ちょうちんが灯り、落ち着いた情景はまさに奥飛騨路と言う言葉がぴったりだ。
カウンターの隅に座り、女将さんや親爺さんの話に合槌を打ちながら飲むコップ酒の味は実に旨い。
 一軒…また一軒…哀愁の高山の暖簾をくぐる。
潜り戸をくぐって店内に入ると、着流しに前掛け、たすき掛けの老人が、朝捕って来た鮎を炭火で焼きながら包丁を研いでいた。
いかにも頑固そうな老人は無口な人だった。
こういう人には軽々しい口調はいけない。客はおいらの他に誰も居ない。
でも…この店の佇まいと言い、老人の姿と立ち居振る舞いは一幅の絵を観ているようだった。
 お客さん…何に致しましょうかと親爺さん。
おいらは注文する事も忘れて店内の雰囲気にすでに酔っていた。
親爺さんにお任せします。
炭火でじっくりと焼きあげた鮎の塩焼きは、燻香と相まって素晴らしい味だ。
自分で調達したもの以外は使わないと言う親爺さんの作ってくれる料理はどれもみな旨かった。
 その料理の中の一品に、黒い岩茸(いわたけ)の煮付があった。
数多い食材の中でも黒い食材は稀だから、料理人たちはこの岩茸は珍重しているものだ。
岩茸は苔の一種できのこではないが、絶壁に生えていて採取には困難を極める。
採取中に転落死する人もいるくらいだからとても貴重な食材だ。
 そんな貴重な食材を惜しげもなく供してくれた事に感謝し絶賛すると、ぶっきらぼうだった親爺さんの顔が恵比須顔になった。
そうだ、こんなものを食べてみるかいと言いながら次々といろいろな料理を出してくれる。
 夜も更けるほどに、奥飛騨の路地は情緒を増していった。
赤ちょうちんと縄暖簾の似合う街…奥飛騨高山の路地裏…帰るのが惜しくなった…もう一泊して行こう。
 次の日の夜…「哀愁の高山」を口ずさみながら暖簾をくぐっていた。
♪ 嗚呼…哀愁の高山よ。

 今日のおいらは怒り心頭だ!
おいらは爺だけど、婆たちには何時も閉口している。特に集団で行動する時の婆たちは始末が悪い。
トイレは男性用を承知でお構いなしに占拠するし、塵は散らかし放題…垣根の中にまで入って栽培しているものを盗って…注意すると文句が返ってくる。
婆は猿や猪と同じような害獣だから猟友会に頼んで駆除して貰いたいくらいだ。
 今日もやられちゃったよ!
おいらが大切に育てていた…一番大切なオニシモツケソウを盗って行かれちゃって…もうがっかりさ。
 7,8人がガヤガヤ騒いでいて、静かになったと思ったら根こそぎ抜いて行かれちゃって…残った1本は折ってお持ち帰りさ。クソ婆〜!

 一円玉さまご免なさい。
おいらはびっくりした。これほどびっくりした事は産まれて初めての事だ。
今日は銀行の支払日だった。
1円玉が溜まっていたから、その始末の事もあって自動機を使わずに窓口扱いにしたのさ。端数の200円分、1円玉200枚を使ってね。
そしたら窓口嬢が「お客さま、100枚以上は手数料を戴きます」と言って手数料を105円も盗られちゃったのだ。
1円玉が100枚を超えるとその両替賃が105円もするなんて、こんな馬鹿な事あるかってんだ。
さすが両替商だ。やることがえげつないよ。
暴力団だってここまでは出来ないと思うよ。こりゃいい商売だぜ。
とっても尊い…血と涙と汗の結晶で手に入れた1円玉さま…大変無駄な使い方をしてしまってご免なさい。
両替商に105円も献上するくらいだったら、コンビニでカップラーメン買って食べた方が1円玉も納得できたのに…
おいらは家に帰ってから大いに懺悔した。

 <所変われば>と言う言葉がるが…世の中には変わったトイレがあるものだ。
I君の家には昔から使っている、物置小屋を兼ねたトイレが宅外にもある。
板戸を開けるとすぐに、ウンコ溜めの桶に2枚の板が乗っただけのトイレだ。昔の農家はウンコが大切な肥料だったから、溜まると別の溜め桶に移して熟成させてから使う人糞は下肥(しもごえ)と呼んでいた。
 ところで…排泄後の後始末は、地方によって大分違っていた。
今のようにティッシュペーパーなど無い時代だから、新聞紙か雑誌、はたまた新聞の中に折り込まれたチラシ広告の紙といったところだ。
 粗悪な印刷のチラシ広告で後始末すると、インクが落ちて尻が赤くなったり青くなったりしたものだった。
紙の所はまだ良かった。天竜川を南下した…とある村では、ぼろ布を太い縄にして置いてあった。使用法は…おおよそ見当がついたが…?である。
 もっと?…は、屋根板に使うあのトントン葺きの板を細くしたものが置いてあったが、ちなみに…昔から、身体のために好い排泄後の始末の順序を<手水布紙>と言われてきた。
でも…この板だけは使用方法が分からずじまいだったが、今にして思えば聞いておくべきだった。
 そして不思議な事に、季節限定になるが…どの地方にも紙や縄や板の脇にイチジクやナツメの実が置いてある事が共通していた。
退屈しのぎに食べるためなのかどうかは定かではないが、おいらのおふくろは大分迷ったらしい。
 食べるために置いてあるのかな?…ウンコの臭いを嗅がないために鼻の穴の栓にするのかな?…それにしてはちょっと大きすぎるな?…と、大いに迷ったが結局食べたと言う。

 場所は変わって、南半球のニュージーランドの山小屋での事。
タスマン氷河の左岸に聳えるマルテブランという巨大な岩山の麓の山小屋の厠所は凄かった!…便器が無いのだ。
板張りの床に長さ丈30センチ、幅が10センチほどの穴が一つ開いているだけだった。信じられないかも知れないが、紛れもない事実なのだ。
 これには参った…使用方法が分からない?
膝を突いて穴を覗きこむと、確かに排泄されたウンコのケルンが出来ている。
はてさて…どうやって…???
 散々悩んだあげく、穴の上に胡坐をかくように座り、尻の穴を床の穴に合わせるとまずはOK…と、思ったのも柄の間の事だった。
大チャンに続いて小チャンが追い打ちをかけた。
小チャンの事は最初から計算に入っていなかった。
男は便意をもようすとチンチンが勃起する。
おいらのチンチンも勃起していた。
筒先を穴に向けて押さえ付けなきゃいけないけれど、ほぼ直角に下げなければならないから、これは大変な難事業で、もう軟骨骨折寸前だ。
 結果は…思い通りにならず、ズボンはずぶ濡れ…何とも気持ちの悪い残尿感と残糞感が残った。
 1週間ほど滞在したがそれ以来、広々とした小高い丘がおいらの厠所となった事は言うまでもない。

 所変わってイタリヤ北部の山の中。
モンブラントンネルを抜けたベニの谷のキャンプ場のトイレは川の上で、水の涸れた川の上には立派なケルンが尻の穴を突きそうだった。
 そしてモンブラン山中のトイレは切り立った絶壁に作られた風洗トイレが多く、覗き込むと数百メートル眼下に氷河が見えた。
4箇月も居たから要領を覚えたが、それまでは大変だった。
 氷河から吹き上がった風は、便器が抜け口となって物凄い勢いで吹き抜けてくるから…大チャンは谷底へ落ちていくから良いが、小チャンは全部吹き上がるシャワーとなって…しかも、使用済みのペーパーが風に煽られて落ちてくれなかった。
使用済みのペーパーを持ち続ける間は、小チャンで濡れた尻の乾燥時間となった。

 又また所は変わって…香港の裏街のトイレは単なる排泄場所だった。
入口の戸は壊れっ放しで外から丸見えだが、皆平然とこっち向きで新聞や雑誌を読みながら用を足している。
 郷に入れば郷に従えの例え通りにおいらもやってみたが、周りの人たちはそんな事にまったく興味はなく、意外に快適な時間帯だった。
なにしろ頻繁に往来する人たちを眺めながらの行為だから退屈しないのだ。

 そして究極は船の中の厠所だった。
香港からフィリピン辺りの南シナ海は、世界の三大荒海として有名だが、聞きしに勝る荒海だ。
 波の頭と頭の距離がおよそ300mもあり、数万トンクラスの船もこの波の中に入ると木端船同然になってしまう。
横揺れのローリング、縦揺れのピッチング、そして二つを交えた揺れが乗客を襲う。波の頭から底に向かう時は海面が壁のように見えて、海の中へ落ち込んで行くようだ。
逆に波底から波の頭に向かい始めると、今度は空しか見えない。
そしてこのピッチの時間が恐ろしく長くて、胃袋が口元まで上がってきたり、尻の穴から飛び出しそうなくらいに下がったりと、それはもう大変な事で、エコノミークラスのおいら達の船室は、二晩続けてハッチがブチ抜け、鉄砲水に見舞われた時は船が沈没したかと思ったくらいだった。
 そんな船の中の厠所での作業は大変だった。
ドアは観音開きになっていて、大きく傾いた個室から放り出されたおいらは、向かい側の廊下の壁に激突し、排便中の格好のまま転がって行くのだった。

 アッ!…そうそう、もうひとつ究極のパートUがあった。
今度はスカンジナビア上空での事だ。シートベルト着用のアナウンスがあった時、おいらはトイレの中にいた。
 機体は乱気流の中に突入して大きく揺れ始めた。
急降下したり…急上昇したりとえらい事になった。
狭いトイレの中ではその光景はまったく分からないが、エンジンの音が、車のアクセルを緩めたり、思い切り踏み込んだりしたように聞こえてくる。
機体の振動が凄く、ガタガタ、バタバタと音を立てている。
ドカ〜ン!と言う音と共に無重力状態になり、取手にしがみ付いていたおいらの身体が突然宙に舞った。機体がエアーポケットに落ち込んだのだ。
ここでもまた???の世界だった。
 途中まで出かかっていたウンコはびっくりして中に潜り込んでしまい、もう二度と出てこようとはしなかった。

 無限と言う言葉は、限りなく果てが無いと言う意味なのかな?
否…果てはある筈だ。でも…その集大成がどんなものか分からない。
 宇宙の中に太陽系があって、太陽系の中に地球がある。
その地球の中には種々の生命体があって、人間も存在している。
人間は細胞の集合体で…細胞はさらにミクロの細胞の集合体なのだ。
 このミクロの細胞の集合体の中のひとつが、もし宇宙だったとしたら…
おいらの疑問は広がって行く。

 あの時、虫談義は佳境に入っていた。
シナリオライターのA氏と酒を酌み交わしている時、虫談義が始まり、蚕の話から始まった。
 水利の良くない立地条件に生活する農家の人たちは、稲作が出来ないから養蚕をメインにしていて、蚕の事を「おかいこさま」と呼んでいた。
 そして蚕玉様(こだまさま)という神として祀っている。
春蚕(はるご)、夏蚕、秋蚕、晩秋蚕(ばんしゅうさん)、晩晩秋蚕と、一年の内に5回養蚕する。と、養蚕家から聞いたことがある。
 蚕の幼虫は毛蚕(けご)と言う小さな毛虫で、卵から毛蚕になった数日間は徹夜仕事になると言うが、生糸はかなりの収益になるので蚕の待遇は人間以上だった。蚕室(さんしつ)と呼ばれる部屋は人間の使う部屋よりも上等で、温度が一定している一番居心地のいい部屋を使っていた。友人宅は立派な石釜で作ったオンドルになっている。
床には湿気を防ぎ、害虫から守るために渋紙が敷かれる。
話がちょっと逸れて…今でこそ見られなくなったが…渋紙の上を歩く蚤の姿は実に滑稽だ。
 渋紙の上を歩こうとする蚤のけり足は長過ぎ、加えて渋紙の表面はツルツルだから、足が掛からず中々前に進めない。アヒルが歩くような仕草をもっとオーバーアクションにしたように、蹴り脚を右に左に倒しながらの光景は、すぐにでも押し潰してしまおうとする手を止めさせてしまうほどに滑稽なのだ。
 散々楽しませてもらった後の〆は、蚤の蹴り脚が横倒しになった所を見計らってブチュッ!…蚤は簡単においらの餌食になった。オツカレサマ。

 蚕から蚤の話に移り、次の話題は渋紙に関連した小柿になった。
黒く熟した小柿の実は、人にもよるがおいらは旨いとは思っていない。
何でこんな不味い物を農家の人たちは作っているのだろうかと不思議に思っていたが、聞いて初めて納得した。
小柿は農家の人たちにとって、大変重要な柿渋を作るためのものだと言う。
 補強、防水、防虫、防湿エトセトラ…大概の農家の入り口近くには小柿の木を育てているのだった。
 
 そしてダニの話へと移って行く。
今で言う国土交通省のお役人さんが近所に居る。仮にKさんと言っておこう。
Kさんは仕事柄、藪の中を良く歩くのだが、ある時…股間に痛みを感じたが、すぐにその痛みは消えてしまったので、その事はすっかり忘れてしまった。
 それからかなりの日が経ち、入浴中に股間を洗っているとチンチンと肛門の間に異物がある事に気が付いたのだが、場所が場所だった事もあり…それに奥様に内緒の女遊びをした事があって、ひょっとして何か悪い病気を貰ってしまったのではないか?と、誰にも相談できないで独りで悩んでいた。
しかし、これと言って体調に変化は無いから、疣が出来たのだと勝手に思い込んでいた。
でも…疣は次第に大きくなってきて、気になってしようがない。
 風呂に入った時や寝床の中でもつい、指先がそこに行って…Kさんと疣は奥様以上の深い関係になって行った。
 淫らな関係はおよそ半年間も続いたが、そんな関係が何時までも続く筈はない。決別の時が来た。
Kさんは寝床で何時ものように、奥さまに内緒の秘め事に耽っていると突然…ポロッ!…と、疣が取れてしまった。
びっくりしたKさんは、やおら立ち上がり…取れてしまった疣を灯りの下に差し出してよく見ると…ナントッ!…それは、股間の動脈の血を腹いっぱい飲み過ぎてメタボになり、小指の頭ほどに肥大したダニだった。
 奥様から何事が起こったのかと聞かれたが、詳しく話すとボロが出るので、何か虫がいたようだとだけ言ってその場はやり過ごしたのであるが…それから暫くの間、何も無くなってしまった股間につい指先が行ってしまうと聞かせてくれたが、別れ際に…この話は女房には内緒ですよ…と言い残して帰って行った。Kさんはナント!…半年という長い間ダニを飼育し、そして戯れていたのだった。Kさん、お疲れ様でした。
 一緒に呑んでいるシナリオライターのA氏は、お蚕さまの毛蚕の話や蚤の話、ダニの話に大笑いしながら、もっと続けろよ!と催促してきた。

 それじゃ極め付けの虫の話を…という事で、おいらは身の毛も逆立つ話を始めた。今度の主人公は女性なのでK・K女史と呼ぼう。
K・K女史がヒマラヤのトレッキングから帰ってきて間もなく、ひどい発熱で入院したが、原因が分からずに入退院を繰り返していた。
そのうちに全身のあちこちに湿疹ができて、それが化膿して白い膿が溜まって来たのだ。
K・K女史はその膿を潰すべく、爪先でプチュッ!…とやった。
膿と一緒に何か変なものがピュッ!と跳びだしので、不思議に思って覗き込むと…ギャァ〜!…それは蛆だった。
 化膿した所から皮膚を破って次々と蛆が這い出してきた。
足から…腕から…全身の柔らかい肌のいたる所から這い出してくる。
これを診た医師もびっくり仰天。こんな奇病の症例は初めてだったので、K・K女史は格好の研究材料になってしまった。
医師も必死になって調べていく内に、日本では初めての症例で、蚊の一種が彼女の身体に卵を産み付け、それが血管に入って全身に回って成長しているのだと言う。治療の方法は無く、幼虫が身体の中から出切るまで待つしかなかった。培養体となってしまったK・K女史は、数10匹の蛆が這い出してくるのを見ながらの毎日が、地獄に居るような思いだったと聞かされた時は思わず背筋が寒くなった。
蛆が全部出切った彼女は、また何時もの元気な生活を送っている。
 極め付けの話でA氏とおいらは、更にまた酒を呑み続けた。

 あの時は焦りました。30坪の借りた畑で野菜作りをしていたのです。
自分で野菜作りをしてみると、お百姓さん達の苦労がよく分かりました。
土作りから、種蒔き、そして間引きや除草と、収穫するまでには大変な苦労があったのですね。
 今日は天気が良いのでエンドウ豆の種を蒔くために、土作りをしていました。
1時間ほどした時、下腹がうずき始めたので急いで家に帰る事にしました。
ながい事山登りをしていている内に痔を患ってしまって、それが次第に悪化して来たものですから、尻の穴の締りがあまり良くないので我慢が出来ないのです。知らない人の家のトイレを借りるわけにもいかないので、車に乗ると大急ぎで家に向かっていると、二度目の陣痛が始まりましたがこれは軽いもので、すぐに収まりました。
時間稼ぎのために最短距離のコースを選んで車を飛ばします。
JRの踏み切りの直前まで来た時、無慈悲にも遮断機が下りてしまったのです。
その時、三度目の陣痛が始まりました。
 今度の陣痛はかなりのもので、とてもじっとなどしていられないほどでした。
しかも運の悪い事に、通過すると思っていた列車は、車両の入れ替えで踏切を行ったり来たりするだけで遮断機は一向に上がる気配がないのです。
 車の脇で済ませようと思ったのですが、更に運の悪い事に後ろに車が来てしまってそれも叶いません。
息を吸い込み、尻の穴をすぼめ、腰を叩きながら堪えていますが頭の中はもう真っ白です。
 列車、早く動け。遮断機、早く上がれ。…クソッ…否いやクソじゃない…ウンコが…ウンコが出ちゃう!…
5分以上待たされてやっと遮断機が上がり終えるのを待ち切れず、脱兎のごとく車を飛ばし、やっとの事で家の前に到着すると、車のドアを閉める余裕もなく、急いで…と言っても急げません。
尻の穴に刺激を与えないように爪先立って…静かに…なるべく速く…浮き足立ってトットットット…もう一刻の猶予もありません。
 ようやくおいらは待望のトイレに到着しました。
でも…慌てれば慌てるほど腰のベルトが外れません。
引き千切るようにしてズボンを脱ぐと、大急ぎで便器に座り込みました。
 さぁ出産です!…三原山が噴火したようにマグマが噴き出し、おいらの腹は軽くなっていきます。
嗚呼…なんという爽快感…しばし呆然の時が流れます。
 白日夢のような世界から我に返ると…ズボンの中にウンコは全部入っていたのでありました。いやぁ参った、まいった。

焼き芋を作ろうと、落ち葉を集めて火を点けた。
焼き芋よりも…落ち葉が燃えて山風に乗って流れる煙と、その向こうに残照に照らされて赤く染まる南アルプスの光景は絵になる。
出来上がった焼き芋にバターを塗って頬張ると初冬の味と香りが口中に広がった。フッと数年前の事を思い出した。
あの時は…台所にセットした粘着板で捕獲した鼠を始末するために落ち葉で焼いていた。
落ち葉を追加している内に鼠の事などすっかり忘れて薩摩芋を焼いていたら、
嘗ての弟子だったS嬢が、山からの帰りに立ち寄り酒盛りが始まった。
芋焼酎のつまみに焼きあがった薩摩芋が中々旨い。
30センチ超の焼き芋は瞬く間に食べ終わった。
 S 嬢が再び焚火の中から、お代わりの焼き芋を金串で刺し口元へ。
ナニ!…コレっ?…金串に刺さっていたのは…程よく焼き上がった鼠だった。
鼠は旨いらしいよって言うと、この次にすると言ってS嬢は焼き鼠を焚火の中へ戻し、焼き芋を掘り出して食べ始めた。

 あの時は何で勘違いしたのかな?
昨日の夕方、愛犬石松を連れて橋を渡っている時、車が進行して来たので端に避けて通過するのを待っていた。
 車が徐行してくれたから、ありがとうございますと会釈すると、はっきりとは見えないがドライバーが親しみを込めた眼差しを送ってくれた。
きっとおいら達を知っている人なのだろう…どなた様か知らないが失礼があってはいけないので深々と頭を下げ、礼を申し上げながら顔を上げると、ドライバーが嘲笑の眼差しを浴びせながら走り去って行った…長男だった。
 家に帰り、スーパーに買い物に出掛けた。
今夜はいつもの山の友達が集まるのでその買い出しのためだ。
さて…何にしようかな?と思案しながら店内を物色する。
家には豚モツがあるからキムチ鍋にしようかな?…否待てよ、土手鍋も良いな。
 食材が買い物籠に入ったり出たりの繰り返しだった。
キムチ鍋ならモヤシを買うだけでいい。5袋もあれば十分…1袋19円だから95円で済む。でも…土手鍋なら八丁味噌があるから何も買わなくていい。
 思案に耽っている時…そんなおいらを正面からじっと見ている視線を感じとった。チラッと上目使いにその視線の方向を見ると、どこかで見た事があるような…無いような…でも、その人がおいらをジッと見ている事は確かだった。
 この間眼鏡を新調したばかりだが、近くは見えるが少し離れた所が良く見えない。ひょっとして知り合いかな?…失礼があってはいけないので、取り敢えず深々と頭を下げて挨拶した。
その人も挨拶してくれて、目線があったのだけど…どなた様でしたっけ?と言った表情をしている。
もう少し近寄って誰だか確認しようと二、三歩前に進んだら目の前に鏡があって、どなた様だと思っていた人は、鏡に映っている紛れもないおいらだった。
 散々悩んだ挙句今夜の食い物は土手鍋に決定したから、何も買わずに帰って来た。

 あの時は、倅の肌の温もりを感じていた…
朝の山菜採りから帰ってから、まだ寝床に居る倅を起こしてコシアブラと言う山菜を採りに再び出かけた。実はこの事は昨日から考えていた。
 連休の人出で、おかげさまで在庫のコシアブラがほとんど無くなってしまったから補充しなければいけなかった。
独りで出掛ければ手っ取り早いが、採取場所を倅に教えておきたいし、女房に逝かれて23年…夢中になって働いて来たから子供たちと一緒に居る時間がほとんど無かったから、山菜採りを兼ねて一緒に行動したくなったのだ。
 倅の運転するスーパーカブの荷台に爺が乗って、曲がりくねった道を親子でドライブとなった。
道筋には紅白の梅の花が満開で綺麗だ。
 倅の背中につかまっていると…何とも言えない温もりが伝わって来た。
とても気持ちの好いこの温もりは…2,3歳頃、胡坐の中に潜り込んでいたあの時以来の温もりだ…懐かしいな。
喧しいガキンチョだったけれど、親爺より遥かに大きくなって…今じゃ倅に世話を妬かれている。
 それにしても何という清々しさだ。陽気のせいじゃないな。倅と一緒に居るせいなのだな。
ずっとこのまま走り続けていたいな。

 父の温もりを知りたかった。
あの山の向こうにおいらの父が居る筈だ。でも…父の顔は10数回しか見た記憶が無い。元気なら90歳をはるかに超えている筈だ。
最後に見たのは40年も前だった。
おいらは非嫡出子…だからおいらのおふくろは今で言うシングルマザーだった。物心がついた頃、父親と遊ぶ光景を見るたびに寂しさが募り、成長と共に父に対する恨みと怒りが増幅して行った。なんでおいらだけがこんな辛い思いを…そして自分も大人になった。
山の向こう側に居る筈の父の事が気になってしょうがない。
あんなに恨んでいたにもかかわらず、気になってしょうがない。
 そして更に年老いてきた。
父に会いたくなった。この世に生をもたらしてくれた父に無性に会いたくなった。そして一度で好いから父の体温の温もりを感じたかった。
父もきっとおいらの事を気にしているに違いないと思うようになった。
でも…事情が事情だから会う事が叶う筈がない。
 それから1年…2年…3年…4年…5年経った。
気持も新たに山の向こう側へ行ってみた…
 親父は5年前に死んだと聞かされた…
おいらが無性に会いたくなったあの頃にこの世を去っていた。残念無念!
 山の向こうの雲の中に、ニッコリ笑っている父のおぼろげな顔が浮かんでいる。
 
 スズメバチあれこれ
今年も全国各地でキイロスズメバチに襲われる事件が多く発生している。
マスコミの報道の仕方にもよるが、蜂は刺すものと決めつけているが、元来攻撃的な昆虫ではない。
 働き蜂はひたすらエサを求めて飛び続け、1日中巣を起点に往復する従順な昆虫なのだ。
家の中に入って来て外に出られない蜂を、指先にとめて外に出してやるのだが、蜂は実におとなしい。
 こんなにもおとなしい蜂がなぜ人を襲うのか?…それは蜂たちが危険を感じる環境を何者かが作るから、身を守るために攻撃に移った時に起こる現象なのだ。蜂も弱い生き物だから集団で生活しているのだろう。
弱い者ほど攻撃に移ると執念深くなる。
 巣の入り口には必ず見張り役がいて、周囲を何時も警戒し、又出入りする蜂たちがスムーズに行動出来るように指示を出している。これは同じ仲間の蟻の行動を見ても同じ光景が見られる。
だから、この見張り役に異常な警戒心を与えると、見張り役の指示によって一斉攻撃が始まるのだ。
 見張り役の指示を受けていない戻り蜂は刺さない…と言われている。
家の天井裏にも一抱えもあるキイロスズメバチの巣が毎年掛けられ、家の中にも入って来るが、家族だと思っているおいら達は彼らに刺激を与えないようにしているから刺されたことが無い。
 ところで…信州の伊那地方では昔から蜂の子は貴重な蛋白源として珍重されている。都会の人たちは、その見た目からゲテモノと言うが、蜂の子の甘露煮は実に旨い。特にクロスズメバチの味は逸品なのだ。
だから伊那地方の人たちは春から秋にかけて蜂捕りに夢中になる。
 早くに捕った蜂の巣は自宅に持ち帰って飼育するのだが、その餌たるや贅を尽くしている。鮮度の良い極上のイカや上等の砂糖を何10Kgと与えて飼うのだが、収穫前に熊に襲われてパーになる事もしばしばだ。
蜂の子は伊那地方の食文化の中の重要な位置を占めている。
 天竜川畔に猿岩と呼ばれる巨大な岩があって、其処に立派なキイロスズメバチが巣を掛けた。
暗くなって蜂が巣の中に入り切るのを見計らって捕ったのだが…仲間の一人が刺されてしまった。
 雨合羽にヘルメットを被り、ゴーグルをして口はタオルで包んでいた。
蜂の巣を捕り終えてタオルを外した時、そのタオルに蜂が停まっていて上唇の先端を刺されたのだった。
 薬を持っていなかったので、取り敢えずアンモニヤ代わりに小便でも…という事になったが、当の本人は刺された痛みで小便どころではなかった。
仲間たちの小便をと考えたが、場所が場所だけにひり掛ける訳にはいかないから、小便を浸みこませたタオルをマスク代わりにしてその夜は解散した。
 翌日…心配になって刺された彼を見舞いに行ったら…彼のおふくろさんが腹を抱えて笑いながら言った。
まぁチョット見てやってよ…あたしゃもう…おかしくって、おかしくって。
 彼の寝ている部屋の戸を開けた瞬間、びっくり仰天!
布団から出ていたのは…凹凸のまったくない馬の寝顔だった。

 隣のオジサンと山の中を歩いている時に、路の法面にあったクロスズメバチの巣を踏み付けたからオジサンが右目の瞼を刺されてしまった。
顔は見る見る腫れ上がり、家に帰り着く頃になるとまん丸い顔になった。
翌日になると、内出血した顔は真っ黒になって腫れ上がり、コウロギのような顔になってしまい、恥ずかしくて外に出られなくなったオジサンは二階の窓を少しだけ開けて、下を通る近所の子供たちに…お化けだぞ〜と驚かす日々が暫くの間続いた。
 家の近くに髭剃り岩という岩場があって、この岩場には松茸が出る。
今年はどうかな?と思いつつ行ってみると、立派な松茸が18本も採れて岩場の天辺でニンマリしていた。
 天辺に置いてある日本ミツバチの巣箱に寄りかかってニンマリ顔で煙草をふかしている時…突然、背中に冷たい痛みが走った。アレッ…この痛みは…と思っている内に又チクチクっとした。
 実はこの日本ミツバチの巣箱はキイロスズメバチの巣になっていた。
これは…蜂だ!…気が付いてみると、頭の上がキイロスズメバチの真黄色の天井になっていた。
岩場の急斜面だから逃げ場がないし、来ているものは葱の枯葉のようなシャツでまったく無防備だった。
逃げるだけ逃げて木の陰に隠れて見るが、敵は上から見ているからおいらの動きは一目瞭然で、一斉攻撃を受ける事になった。
 こうなったら首筋だけは刺されないようにしよう。おいらの知り合いは首を刺されてショック死している。
松茸の入った袋を振り回して応戦したから、きのこはばらばらの屑になってしまった。
 大急ぎで家に帰り、水風呂の中で30分ほど浸かっていたが、刺された箇所は27箇所だった。
念のために病院に行ったが、それからが大変だった。
大分時間が経っているから心配ないが、一応点滴を打っておきましょうという事になって…
 点滴中は何もすることが無いので目をつぶるたびに、心配した看護士さんがこれでもか!…と思うほどスナップの効いた掌で打たれる往復ビンタの痛さは蜂に刺された痛さよりも強烈だった。
 それから暫くの間は蜂の針治療を受けたせいなのか、肩のコリも無くなり、腰のけだるさも無くなっておいらの身体は絶好調になった。

 股引、どんぶり、印袢纏で身体がキュッ!
今のところ雨は止んでいる。今日は土曜日だ、頑張るぞ。
どんぶり掛けに印袢纏のコスチュームでいこう。
 これを纏うと身体に緊張感がみなぎってくる。
今時これを纏うのは祭りの時くらいで、それ以外は滅多にお目に掛かれない代物だが、おいらにとっては愛用のコスチュームで、わざわざ浅草から取り寄せている。
 何時も纏っているからどうって事は無いが、慣れない人には着用が難しい。
まず股引は、前掛けを掛けるように持ち、右足…そして左足、順序が逆だと履き難い。そして右足側の紐を…マニュアルはさておいて、次にどんぶり掛けの紐を臍の下でキュッ!…途端に全身が引き締まる。そして印袢纏を纏うとウ〜ン中々。あとは日本手拭で鉢巻をすれば筋金入りの男衆の仲間入りだ。
 気力満々。さぁやるぞ!

 北前船に乗って青森へ
おいらの知り合いのK氏とM氏は北前船の体験をした事がある。
この二人が高校生の時、新潟へ修学旅行に出かけた時の話だ。
海水浴場から佐渡ヶ島を目指して3人でボートを漕いでいた。
佐渡ヶ島を目指したのは何て事はない。近くに見えたから…と言う単純な考えからだった。
 三人は交代でボートを漕ぎ沖へ沖へと前進した。
沖へ出ると波が荒くなり、佐渡ヶ島も海岸も見えなくなった。
ボートの中に波しぶきが掛かり、海水が次第に溜まってきた。
学生帽で海水を汲み取りながら引き返そうとしたが、陸も島も波が高くて何も見えないから、どの方向に進んでいるか皆目見当も付かなくなってしまった。
沖の海流に乗ったボートは何処へ…
 その頃…同僚や引率して来た先生方は、与太小僧の3人の事だからその内に帰ってくるだろうと嵩を括っていたが、夕暮れ時になっても一向に帰ってこないから大騒ぎになり始めていた。
日没寸前に三人が乗ったボートが海上保安庁の巡視船に救助されたのは青森県沖だったという。
 何はともあれ無事でよかったが、潮の流れの速さには驚いた。
この潮の流れを利用して、北前船は往来していた事を思うと納得がいったが…K氏とM氏の酒の肴として聞く話にしては、笑ってばかりではいられない内容だった。

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