何となく歩きたくて

Am5:30、外に出ると夜明けの空の下に南アルプスが、黒いシルエットとなって広がっている。定休日だけど何もすることがないから、ぶらりと歩きたくなって家を出かけるとバスに乗っていた。バスの行く先は南アルプスの北沢峠だ。紅葉に染まる車窓からの眺めは思い出の詰まった山ばかりで感慨深い。鋸岳が眼前に迫って来た。

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11月下旬に登ったのだけれど、深い落ち葉でルートを見失い、獣道を辿って夕暮れ時に山頂に立ち、暗闇の氷の張った戸台川を下半身裸になって、転倒しないように肩を組み合って渡渉したっけ。あの時の水の冷たさが蘇って来た。今年の紅葉の色具合はイマイチだけど、それなりに綺麗だ。甲斐駒ケ岳も雪化粧が始まっている。

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甲斐駒ケ岳の山頂に至るルートもほぼ登り尽した。正面に見える戸台川本谷、山梨県側の水晶沢、摩利支天、サデの大岩、東壁、大武川赤石沢に広がる岩壁群、八丈沢、尾白川黄連谷等々…懐かしいなぁ。
そんなことを思い浮かべていたらとんでもない事を思い出した。10月21日と言えばつい二日前の事だ。1971年10月21日、赤石沢のダイヤモンドフランケの赤蜘蛛ルートを初登攀した日で、あれは今から47年も前の事だった。

<終了点の雪> 辛く長い夜が明けると、私たちはできるだけ気温が低いうちに少しでも高度を稼ごうと、まだ薄暗いうちに行動を開始した。暖かい太陽の光は嬉しいが、なるべく身体の水分の発散が少ない、冷たい日陰の方が今の私達にはありがたかった。
いつの間にか手足は機械的に動いているだけで、もう私の意志ではなかった。本能が頂上へ向けて行動させているだけだ。ハンマーを握る手はカサカサして滑り、旨く握れない。滑り止めに唾をペッペッとやってみるが、手は一向に湿っぽくならない。小便でも出れば手を濡らすことができただろうが、それすら昨日から一滴も出なかった。18ピッチ目を登って、二人は大きな岩の庇の下で完全に疲れ切って、もう動くことも口を利くこともできなくなってしまった。岩棚の上に仰向けに倒れたまま、ただ空を眺めるともなく朦朧としていた。
30分もそうしていただろうか。
「こうしていても頂上には行けない」
そう言って私は重い腰を上げた。相棒は依然としてそこに倒れたままだった。
ところがそれから10メートルも登っただろうか、私はびっくりした。何と今まで倒れ込んでいた岩の上が頂点だったのだ。しかもそこには入山の時に降った雪が解けずにたくさん残っていた。私は頂上に着いた喜びよりも、雪を融かせば腹いっぱい水が飲めるのが嬉しかった。
「お~い水だ。水が飲めるぞ~」
ダイヤモンドフランケÀ赤蜘蛛ルート初登攀の第一声だった。

そんなことを思い出しているうちにバスは北沢峠に到着した。こもれび山荘でおでんと枝豆をつまみに独りで乾杯をした後は、およそ17㎞の道のりをのんびりと歩いて下山することにした。

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大平の苔生して鬱蒼とした中を歩くのは実に気持ちが好い。倒木にヤマブシタケというキノコが迎えてくれた。家に帰ったら晩酌のつまみにしよう。

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薮沢と戸台川本谷の合流点付近からは台風一過で荒れ放題で、渡渉したりへつったり高巻いたりと忙しいが、これも懐かしい体験の一つだ。若かりし頃のここを歩く時はいつも夜中だった。

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北沢峠からおよそ17㎞、5時間の実に味わい深い散歩だった。

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