俳優 滝田栄氏と登った山  ⑬

        賞味期限は発酵の始まり


         ENDLESS・G・TEAM

私も70歳に手の届きそうな歳になりました。
 山登りから決別した筈なのに、この15、6年前から又クライミングを始めました。昔のような挑戦的な山登りは出来ませんが、この歳になって初めて体験できる、素晴らしい感動を味わっています。一年に数回ですが、意気の合った老人たちと登る岩壁の感触は最高です。
 大自然は少しも変わらないのに、この感じ方の違いは、やはり歳のせいなのでしょうね。
 実は15年前、友人の島田良さんの還暦記念を契機に、 「エンドレス・G・チーム」 というグループを作りました。
 メンバーは12名で、87歳を筆頭に、平均年齢は72歳ですが、皆山登りの猛者ばかりです。
 自分が死んだ事も知らずに生き続けていきそうな、この先輩達にあやかってENDLESS、 「じい」 は爺ではちょっと変なので、アルファベットの G にしました。
   
   「ENDLESS・G・TEAM」 カッコいい名前だと思いませんか。

 チームリーダーは、 「生涯いちクライマー」 を自称する私、いのうえすすむです。
 このチームは、ロッククライミングしかしない、異色のチームとして長野県内では今注目されています。何しろ平均年齢72歳の爺たちが、甲斐駒ケ岳のダイヤモンドフランケを何度も登っているのですから 

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 >2007年晩秋。長野県と山梨県の県境に連なる、八ケ岳山中 「赤岳鉱泉」 に13人のオールドクライマーたちが終結した。今回の目的は、今年85歳になった鹿島槍之介と、80歳の羽田栄治の両名が、自分の能力の限界に挑戦して、垂直の岩壁を登攀する事だった。この計画のゲストクライマーとして、俳優の滝田栄氏、元日航ジャンボ機キャプテンの五味斎( ひさし)氏と、
料理研究家の五味ちほ夫人。落語家の桂茶がま氏、山学山遊会の田村宣紀(のぶよし)氏たちが同行する事になった。夕刻、赤銅色に染まっていく岩塔群を眺めながら、実によく呑み多いに語って 「大酒クライマー」 となったが、明日は本物のクライマーとなって、眼前に立ち塞がるあの岩壁を登る事になる。

 一夜明けると絶好の登攀日和となった。一歩登るごとに背後の展望は広がり、手前に入笠山、その後ろに中央アルプス、遥か彼方に加賀の白山、御嶽山、更に右に目を転じれば乗鞍岳、穂高、槍そして後立山連峰が、たおやかに広がる雲海の上に浮かんでいるように展開してくる。
 眼下には八ケ岳山麓がひっそりとして、朝の陽光を待ち侘びるように佇み、もうすぐ雪の下に埋もれるであろうイチヤクソウの花が、ありったけの愛嬌を振りまいてオールドクライマーたちを迎えてくれる。
 森林限界を越えると視界は一変し、荒々しく屹立する岩塔群の中に入ると、イタリヤのドロミテ山中にいるような錯覚に陥ってしまう。

一行は二手に別れ、鹿島槍之介は五味ちほ、高嶺ゆき両夫人とサポート二名と共に大同芯稜から頭に登り、更に硫黄岳へと向かう。

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嘗てヒマラヤの高峰を登り続け、85歳になった今も尚、クライミングを続ける鹿島槍之介御大の姿は、見ている者に感動を与える 一方、羽田栄治を含む8名は、横岳小同芯凹角ルートの基部に立った。
30年振りのクライミングという五味斎氏と、未体験の滝田栄氏、桂茶がま氏は、これから登る岩壁を仰ぐほどに緊張感は高まり、まったく無言になってしまった。

 そんな彼らを促すように、島田良が、山頂で飲む乾杯用のワインを背負って岩壁を登り始めた。
 彼は長野県諏訪市で 「新雪荘」 というアウトドアショップを営む傍ら、プロのアルパインガイドとして活躍している。アンデスやマナスルの高峰をはじめ、多くの山登りを体験してきたつわもので、今も尚第一線で活躍している。
そんな彼が、大同芯の頭から送ってくる鹿島槍之介のエールを受けながら天空の中へと入っていく。
 ‥‥‥‥ 羽田栄治が登り始めた。彼はGチームのメンバーとして過去に一度このルートを登った事がある。
 70歳の記念山行である。あれから10年。80歳になった今、又垂直の岩壁を登っている。このパワーはいったい何処から生まれてくるのだろうか。

 ‥‥‥‥‥ 桂茶がま氏は山登りの経験はまだ浅い。
 八ケ岳の何処かの山頂に連れて行ってくれる程度に考えていたらしく、出発前にヘルメットとザイルを渡された時は、カッコいい程度に思っていたようだ。だからここまで来る間、ザックにつけた登攀用具を他の登山者に、いかにも落語家らしく、これ見よがしに見せてはしゃぎまくっていたのだったが、いざこの岩壁の基部に立ってこれからの事を考えた時、 「俺こんなの、聞いてぇーへんでーー」 「怖ぁーーーい」 と悲鳴をあがながら登っていく。

 ‥‥‥‥‥ 赤いセーターに紺のパンツ。赤いヘルメットに朝の陽光を反射させながら、30年振りのクライミングを楽しんでいる五味斎氏は、日航のチーフパイロットとして世界の大空を飛び続けてきたが、最近地上の人となった。友人の滝田栄氏の「さんざん大空を飛び続けてきてのだから今度はしっかりと大地を踏みしめましょうよ」と言う誘いに乗って同行したのであるが、学生時代、槍ヶ岳の北鎌尾根を、4年間も登り続けてきた実績を裏ずける動作は常に安定している。

 ‥‥‥‥‥ 今日も快調!と満面に笑みを浮かべながら、田村宣紀氏が登ってきた。  
 長野県山岳協会の会長を歴任し、日中国交の橋渡し役として尽力され、ヒマラヤの、中国側からの門戸を開拓し、現在は中高年登山者の指導にあたっているが、これからは自分の山登りを楽しんでもらいたいと思う。
 そんな彼もクライミングは10年振りとあって、感動もひとしおのようだった>
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 ‥‥‥‥‥ 河西公子がパートナーのための確保態勢に入っている。ハーケンにカラビナをかけ、それにザイルを通すと、つるべ井戸の紐を操るようにザイルを引き上げ、もう片方の手で手繰り寄せる。ググー、ググーとカラビナとザイルの擦れ合う音が発し、腰につけている登攀用具のぶつかり合う、甲高い金属音が周囲の岩塔群にはね返り残響となってこだまする。 「カラカラーーーン」

 ‥‥‥‥‥ 手繰り寄せるザイルの向こうに滝田栄氏の顔が見えた

唇をへの字に曲げ、大きな目玉を更にカッと見開いて岩壁に対峙する姿は、彼が5年の歳月をかけて彫り続けている 「不動明王像」 そのものだ。
 この世のすべての憤怒を物凄いエネルギーに変えて不動明王が登って来る。
 荒々しく岩を鷲ずかみ、蹴り、掻き毟りながら登って来る。然しデリケートな岩場を突破した時に見せた笑顔が「恵比寿様」の顔に変わった。

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切迫した緊張感が薄らぎ始めたゲストたちは今、きっと無我の境地に入っているのだろう。 「菩薩」 のような穏やかな表情になって黙々と登っている‥‥‥‥。

 無我夢中で登って来たが、目指す所はまだ先にある。一歩登れば一歩近くなる。そこに到達した時、いったい何があるのだろう。そんな期待が皆の胸の内に膨らみ始めていた‥‥‥‥。
 酒を呑む時エンドレス。山に登り続ける事もちろんエンドレス。人生楽しく生き続ける事正にエンドレス。果てしが無いのだよ。そんな仲間が集まってできたのが ENDLESS・G・TEAM。通称Gチームと呼ばれている。
 Gチームはクライミングしかしないのさ。歳をとると歩くのが辛いからね。その点、クライミングはいいね。
 常に4本の手足で行動するから、安定していて楽なのさ。そして最高の仲間が、完璧な確保をしているから墜落する事なんかあり得ないのさ。
 小同芯凹角ルートの終了点、横岳山頂に満面に笑みを浮かべながら8人のクライマーが次々と登って来た。
 羽田栄治、島田良、河西公子、ゲストの田村宣紀氏、五味斎氏、桂茶がま氏、滝田栄氏たちが最後に登って来たリーダーの井上進を握手で迎える。
 重なり合う16本の手と手と手と手。その手の中心に80歳の羽田栄治の皺がれた手があった ‥‥‥‥‥ 

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山から帰る途中の事でした。
 登山道の脇で先ほど登攀したルートを見上げながら、あの時の快い余韻に浸りながらワンカップの酒を呑んでいる時、高齢の女性が登って来て私の横に腰を下ろしました。取り留めの無い会話を交わしていたのですが、中々腰を上げる気配の無いのを見て、彼女はきっと私が疲れ切っているように見えたのでしょうね。
 
「頑張りなさいあなた。若いのでしょ。!」  「もう賞味期限が切れてますから」
「なに言ってんのよ。私なんかとうの昔に賞味期限なんか切れてるわよ。賞味期限が切れたらね、後は発酵するの、そして熟成していくの。この時がこないと本当の味なんて出てこないものなのよ。あなたはもっと発酵しなさい。そして熟成しなさい。人生楽しくなるわよ!」
 彼女の一喝で、私の心の中に更に爽やかな風が吹き抜けていきました。
 「発酵して、熟成しなさい。」 いい言葉ですよね。若い時は只煮えたぎっていただけだったのですね。
 彼女の一喝で私の心は沸々と発酵し始めたようです。これからどれくらい発酵するのかそれは分かりません。でも発酵が終わらないと熟成の時代が来ないと思うと‥‥‥‥まだまだ先は長いような気がします。


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