あぶちゃん日記

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zoom RSS 一本の残置ハーケン

<<   作成日時 : 2015/10/30 08:18   >>

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正確な期日は忘れてしまったが昭和30年代中盤、中央アルプス宝剣岳・天狗岩に当時県下ナンバー1のクライマーと称されるK氏によって新ルートが開拓された。
K氏は大工さんで高い所はお手の物だから、彼方に聳える御嶽山を背景に軽快に登りながらハーケンを打つハンマー捌きは惚れ惚れするほど見事で、16ミリカメラで撮影された映像は映画を観ているような感動を受けたものだった。
昭和38年5月、中央アルプスで地方の三つの山岳会が合同合宿を行った際、K氏は一人の女性に一目惚れして、即結婚と相成った。
一番弟子のおいらが花嫁さんの嫁入り道具を桑畑の中を汗を流しながら運び出した事が懐かしい。
幸せな結婚生活は20年程続いたが、K氏は不慮の死を遂げてしまった。享年47歳、あまりにも若過ぎる逝去だった。
それから数10年…他界したK氏の夫人と旦那様の開拓した天狗岩のルートを登る事になった。

画像


岩壁の基部に立ち、首が痛くなるほど仰ぎ見る夫人の眼差しは、これから登るルートを追っているのではなく、嘗て愛する旦那様の登る一挙手一投足を脳裏に描いているような眼差しだった。
陽光は射し込んで来ないがほのぼのとした雰囲気が漂っている。
おいらは、今は亡きK氏に「奥さんを連れて来たよ」と呟きながら登り、夫人は岩壁に、残っている筈のない旦那様の温もりを感じながらきっと「あなた!」と心の中で叫びながら登っているに違いない。
中間点の凹角に、50数年前に打ち込まれた1本のリング付のアイスハーケンが残置されている。

「奥さん。そのハーケン抜ける?」 「動くけど抜けない。何で抜かなきゃいけないの?」

その残置ハーケンこそK氏が初登攀時に打ち込んだ記念すべき物で、叶う事なら夫人に持ち帰って貰いたいと計画した登攀だった。

「そのハーケンはね、旦那様の打ち込んだものだよ」 「えっ!」

20pのアイスハーケンは、岩の隙間に食い込んで長い年月を経過してグサグサ動く。
夫人は何かに取り憑かれたように必死になって抜き取ろうとするがどうしても抜き取る事が出来なかった。

「私が持ち帰っちゃうと旦那はもう此処に居られないから此処に残しておく」
「そうだね。それが好いよ」

夫人は実に爽やかな表情になって再び登り始めた。
今にも剥げ落ちそうな5mほどの一枚岩登攀がこのルートの核心だ。3センチほどの厚みの岩を剥げ落ちないように乗り越すと天狗岩の絶頂だった。
記念のハーケンは回収できなかったが、これからもずっと旦那様が天狗岩に生き続けているという満足感が夫人の表情に満ち溢れている。



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やられました…(+_+)
やまや
2015/11/02 22:59

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